帯久

 大阪の古い人情話でございますが、おつきあいを願います。松屋町の通りが、ただいまの末吉橋から二つ井戸へかけまして、昔はあれを六丁に区切ってあったというんですが、その頃に、瓦屋町三丁目の角に、松屋町の角に、表門口が八間もあろうという、角ひき廻した和泉屋与兵衛さんという、大きな呉服屋さんがございました。同じ一丁目に帯屋さんと申しまして、帯屋久七という、これも大きな呉服屋でございますが、どうしても同じ所に二軒あるというと、片寄るとみえまして、和泉屋さんのほうは、いつ表を通りましても、三十人から四十人の人が、どやどや入っております。帯久さんは、いつ通りましても一人か二人、時によったらだァれも人がおらんという、店が非常に寂しゅうございます。ある年の三月に、帯久さんが和泉屋へやってまいりまして、
「どめんなされや」
「あっ、おこしやす」
「ご当家のご主人は、ご在宅でございますか。ご在宅でございましたら、ちょっとお目にかかって、お願いしたいことがありまして、あがりましたのですが」
「ヘェヘェ、ただいまおられます。・・・・・・これ、奥へ行ってな、一丁目の旦那(だん)さんが、なんやお願したいことがあるちュうて来たはるいうて、そない言うておいなされ」
「ヘェ。・・・・・・旦那さん」
「なんじゃ」
「一丁目のご主人が、旦那さんにお目にかかって、なんやお願いしたいことがあるいうて表に来ておられます」
「おおそうか、こっちィ通ってもらいなされ。そちが案内するのやない。番頭どんにそない言うて、案内するように、ええか」
「ヘェ。・・・・・・ご番頭、奥へご案内を」
「ヘッ、お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
番頭の案内で通されましたのが、奥の八畳の結構なお座敷。一間の床の間には一間の違い棚。大きな宣徳の火鉢を前へデーンと置きまして、和泉屋与兵衛さん、それへすわっております。
「これはこれは和泉屋さんでございますか・・・・・・日ごろはかってばかりいたしております、まことに、申しわけございません・・・・・・」
「はいはい。ああ、敷居越しでは話ができません、まあどうぞこちらへ・・・・・・さァさァさ、どうぞおざぶを・・・・・・。やァ、手前どもも出不精でかってしておりますが、近ごろど商売は」
「・・・・・・それにつきまして、折入ってお願いしたいことがありまして、あがりましたんですが・・・・・・。と申しますのは、恥ずかしい話でどざいますが、この三月の際(きわ)が、すこうし越しかねております。お手元に二十両ほど、あいているお金がございましたら、拝借いたしたいと思いまして、あがりましたのですが・・・・・」
「ヘェヘェ、ああ、お安いご用で。そのぐらいの金なら、いつでもあいております。さァさ、遠慮なしに持ってお帰りを」
「早速のご承諾、ありがとうございます。実印を持ってまいりましたので、証文を」
「なァに、そんなもんいらいたしまへん。書いたもんにもの言わす、それでは信用がおまへんからな。イヤイヤ、お互いさんでおます、いつ何時な、どんな廻り合わせで、私のほうが借りに行かんならんとも限りません。ま、ま、そんなことはと遠慮なしに、どうぞ持ってお帰り。・・・・・・これこれ・・・・・・ウン、お酒の用意をしなはれ」
二十両貸しまして、証文取らんと、お酒をご馳走して、持たして帰らした。ほと、二十日ほどたちまして、持ってまいりました。五月には三十両。それも証文取らずに、お酒をど馳走して、持たして帰らした。と二十日ほどしたら返しにまいりました。七月には五十両。九月には七十両。なんべん言うても同じことですが、その都度お酒を飲まして、証文を取らずに、持たして帰らした。中払いには、とうとうこれが百両になりました。
「ウハッハッ、のっけお越しになったときは二十両でおましたが、とうとう百両になりましたなァ。商売もご繁昌とみえますな」
「はい、ありがとうございます。ご無心申しましたおかげで、どうやら商売物が動くようになりまして、喜んでおります」
「それは何より結構。さァさ、これを持ってお帰り」
和泉屋の旦那、百両とはちょっとカサが高いように思たんですが、そこは一言の不足も言わずに、いつものように証文取らずに、お酒を飲ませて、持って帰らせた。これ、二十日ほどたって持って来るか。今度は持って来まへん。いつまでたっても持って来まへん。とうとう十二月。極月の三十一日と申しますと、大節季でございます。極月の三十一日の夕方、せわしないときに、
「お忙しい中を、お手止めまして申しわけありません。先だってお借りいたしましたお金、遅うなりまして、これへ百両持ってまいりました」
「はァ、ああ、そらごていねいに。イヤ、こちらへいただいておきます」
「旦那さん」
「なんじゃ」
「いま、土佐の屋敷から注文がありまして、旦那さんにすぐ来てくれいうて、お侍が二人、表で待っておられます」「弱ったなァ、まだそこら片づいてはせんのじゃが・・・・・・、お聞きのとおりでどざいます、帯屋さん、ちょっとな、失礼をいたします」
と、和泉屋与兵衛さんが立って出て行ってしもうた。帯久さん、たった一人、他所(よそ)の座敷で、まわりにだれもおりません。持って来た金と差し向かい。
「ああ、どなたもおいでやない・・・・・・こら弱ったな・・・・・・、そろそろ私も失礼いたしましょう」
と、持って来た百両の金と一緒に失礼してしもた。こら悪い失礼があったもんですな。一夜明けますと、元日でございます。帯久さん、持って帰りました百両の金をないものにいたしまして、これで景品をどっさり買いまして、正月の早々から、一尺のきれ買うた人にも景品を差しあげようという、お添えもんとでもいいますか、そこらにベタベタ張り紙をした。表を通りまして、これに気がつかんというお客はございません。和泉屋さんよりも、帯屋さんのほうへ、どんどん、どんどん客が来る。その時分の百両ですから、一月ではとてもやないが、やり切れません。景品が二月の月末まであったといいますから、どんどん買物に来る。うってかわって和泉屋さん、ばたっと暇になってしもた。その年の十二月の二十日過ぎに、土地のごろつきの銭亀というのが、意趣遺恨から、浜の納屋へ火つけをいたしまして、折りからの風に煽られまして、五、六町も北へ燃え広がりました。これが今日歴史に残っております瓦屋町の大火と申します。この火事で和泉屋さん、すゥっくり焼けてしもた。さァ、その晩から寝る所がない。幸いなことに、和泉屋さんへ、十二のときから四十一歳まで奉公にきました。番頭の九兵衛さんという人がおりまして、その人が、三年前に二つ井戸へ店を出さしてもらいまして、暖簾を分けてもろたわけです。ところが、上手に大きな商売があるために、そう思うようにいきません。一年たつかたたんうちに、店をたたんで、いまでは裏長屋住まい、自分は通いの番頭でつとめております。この九兵衛さんが、自分の元の主人ですので、与兵衛さんを引き取りまして、世話をしたんですが、与兵衛さん、疲れが出たというか、どっと床についてしもうて、この病気の長いのなんの、まる十年。九兵衛さん夫婦は、食うもんも食わずに、夜の日も寝んと、一生懸命介抱した甲斐がありまして、ようよう十年たって、元の体になりました。
「旦那さん、どちらへお出かけで」
「わしはなァ、今度という今度は、お前方にえらい世話になってな、このままでは、とても死んでも死に切れません。もう一度お前方に商売をさしてやりたいと思います。ちょっと一丁目まで、行てまいります」
「いやいや、いけません、旦那さん、およしになったほうがよろしゅうございます。帯久さんなんて、義理人情を知ってるお方やおまへん。あったら口に風邪引かすようなもんで、およしになったほうがよろしゅうございます」
「いやいや、私はそんなつき合いはしてないつもりじゃ。ちょっと行ってまいりましょう」
九兵衛さんが止めるのを振り切るようにして、帯屋さんへやってまいりますと、もうその頃は店が一軒ですので、お客が三、四十人、どやどやっと入っていようという。表では、四国、九州方面へ送り出す荷造りをしております。与兵衛さん、入りそびれて表でウロウロしておりますと、
「オイッ、どけどけ、どけッ。物もらいならな、朝のうちにおいで。女中に言うといたる裏へ回っておいで、裏へ」「オイ、徳どん、何言うてんねン、だれが物もらいか、三丁目の和泉屋の旦那さんじゃ。・・・・・・それへお越しになったのは、和泉屋の旦那さんじゃおませんか」
「これはこれは、ご番頭でどざいますか、ご機嫌よろしゅうどざいます・・・・・・長らくごぶさたいたしております」
「あァーッ、お達者で、何より結構でございましたですなァ。その後どうあそばしたんかと、私もちょいちょいと、心配しておりましたんですが、まァま、お達者で、何よりでございます。どちらへお越しでございます」
「ご主人がおられましたら、お目にかかりまして、ちょっとお願いしたいことがあって、あがりましたんですが」
「ヘェヘェ、おられます。・・・・・・これ丁稚(こども)、奥へ行ってな、和泉屋の旦那さんがお越しになってる、何かお願いしたいことがあるちュうてな、奥へそない言うといなされ」
「ヘッ。・・・・・・旦那さん」
「ウム、どないしたんじゃ」
「和泉屋の旦那さんがおみえになりまして、お願いしたいことがある・・・・・」
「なに、い、いずみや・・・・・・いずみやて、なんや」
「なんや知りまへん、三丁目の和泉屋さん」
「三・・・・・・三丁目・・・・・・どんな風してる」
「あのゥ、物もらいとまちごうて、徳どんがあっちィ行けちュうて、番頭はんにおこられたンで」
「・・・・・・留守やちュえ、いやへん、言いなはれ」
「ヘッ。・・・・・・番頭はん」
「どうやった」
「あのゥ、留守や言え、いやへん言え・・・・・・」
「ばかッ、大きな声でなに言うてんねン。・・・・・・ちょっとお待ちを。・・・・・旦那さん、お珍しィ人じゃございませんか、和泉屋の旦那さんがお越しになりました」
「聞いた、いま。留守や言いなはったか」
「そらいけまへん。店をあずかる番頭が、ただいまおられますと、はっきり申しました。いまさら留守やとも申されません。お会いになんなされ、お会いになって都合の悪いことがございましたら、私がお断りをいたします。お会いなったほうが、おためによろしゅうございます」
「フンッ、うるさいなァ、こっちィ通しィな」
「これはこれは、帯屋さんでございますか、ど機嫌よろしゅうございます。長らくごぶさたをいたしております」
「ああ、ごぶさたは結構です。あんた、まだ生きてたんか、ええかげんに死んだらどうや・・・・・・裟婆塞ぎやで、穀つぶしやで」
「・・・・・・死にたいと思いましても、お迎えが来なければ、そういうわけにはまいりませんので・・・・・」
「お迎いを待ってるさかいにな、ひまがいりますねン。こっちから、つっかけなはれ」
「まさか、そういうわけにはまいりません」
「何しにおいでなはった」
「実は・・・・・・十年前の三月に、あなたが私の家にお出になって、二十両のお金を用立て・・・・・」
「ああ、借りました。借ったけど、すぐに返しましたなァ」
「ハイ、ハ、ハイ。いただきました。そのときに、実印を持っておるから証文を、とおっしゃったが、書いたもんにもの言わす、それでは信用がない、ご互いさまじゃ、またどんな廻り合わせで、私がお宅へ借り来んとも限らんと、申しました」
「ああ」
「五月には三十両、七月には五十両、九月には七十両・・・・・・」
「そら、皆、返したな」
「ハ、ハイ、ハイ・・・・・・中払いには、百両となりました」
「それも皆、持って行ったなァ」
「ハ、ハイ・・・・・・極月の三十一日、あなたがお金を持ってこられて、火鉢の瑞へ置くなり、土佐の屋敷から使いがまいりまして、私が立っで行きましたあと、あなたが残っておられたようですが、帰ってお金を調べたところが、紛失をいたしまして・・・・・・」
「なに・・・・・・私が、盗ったとでも言うのか」
「イヤイヤ、決してそういうわけじゃどぎいません、これは話でございます。あのとき、利子というものをいただいておりませんので、な、利子じゃと思うて、なんぼか恵んでいただけたらと思うて、あがりましたようなわけで・・・・・・」
「ああ、物もらいか・・・・・・、ヘェー、豪気なもんですなァ、物もらいが他所(よそ)の座敷へ通るなんて、野方図すぎやせんか・・・・・・去ねッ」
バチンッ・・・・・・持ってたキセルを投げつけた。和泉屋さん、不意のことやから、かわしそこねて、眉間へさして、まともにバチンと受けた。赤いもんがタラタラタラ・・・・・・
「・・・・・・商売柄に似合わず、手荒いことをしなさる・・・・・・。いかないかんとおっしゃれば、懐へ手を入れてまで取ろうとは申しません・・・・・」
「エ、エイッ、うるさいなァ、だれかおらんのかッ、表へ引っぱり出せッ」
何も知らん若い衆が三人ほど出てまいりまして、和泉屋さんを表へ引っぱり出した。上り口で、自分の草履を、と、見ておるところ、
「はよ行けッ」
ドーンと突かれたから、たまりません、それへさしてのめった。両の手は擦りむけて血だらけ・・・・・・。
「・・・・・・ああ・・・・・・主人も主人なら、雇い人も雇い人じゃ・・・・・・」
「エーイッ、生意気なこと言うなッ」
ねきにある板切れを取ってきて、バンバンバンバン・・・・・・
「・・・・・・ああ・・・・・・九兵衛が止めるのを振り切って出てきたが、こんな姿で帰ったら・・・・・・どんなに嘆くやらわからん・・・・・・そうじゃ、一思いに死んでやろ」
縄切れを、と捜したんですが、どこにも見当たらん。ところが、近くに普請があったと見えまして、かんな屑の残りが落ちたァる。
「そうじゃ、同じ死ぬんなら、私の家と同じように、焼いてから死んでやろ」
えらいこと考えた。懐から火打石を取り出しまして、かんな屑に、カチカチやり出した。肝心の帯久さんより、ご近所のほうが気がついて、
「ウワァッ、火事や、火事や」
パパッとたたき消した。火が消えてから、若い衆が堤灯を持って、そこらをぐるぐる回り出しました。倉と屏の間(あわい)で、与兵衛さん、ガタガタ、ガタガタ震えてる。
「このガキやッ、火つけしやがったのは。こっちィ引っぱり出せェッ」
またも寄ってたかって、殴る、蹴る・・・・・・。そうこうするうちに、自身番から役人が出てまいりました。
「どうした・・・・・・なに・・・・・・火つけ、ウーン、よろしくない」
そのまま自身番へ連れてまいりまして、顔を見るというと、十年前、仏の与兵衛さんとまで言われてました、和泉屋の旦那でございますので、
「こら一体、どうなさったんです」
「実は十年前の三月に・・・・・・」
と、二十両の金から百両の紛失まで、詳しィ話をした。
「ああ、そら気の毒です」
と、役人衆が十両の金をこしらえて、持たして帰らした。火つけしたのは人違(にん)いであると、町からお上へ願い出してくれました。おさまったのは和泉屋さんですが、おさまらんのは帯久さん。このままほっておいたんでは百両の金がばれて、自分の首がない。早々に願書を認めまして、時の名奉行と言われました、松平大隅守様へ、おおそれながらと、願い出しました。奉行が調べまして、日が決まって、双方呼び出しになった。
「瓦屋町一丁目、帯屋久七、出ておるのう」
「ハハァーッ、これに控えております」
「その方の願書の趣き、和泉屋与兵衛が火つけをしたとあるが、毛頭それに相違ないか」
「それに相違ございません」
「和泉屋与兵衛、面(おもて)を上げい。その方、火つけをしたとあるが、どうじゃ」
「はい、火つけをいたしました」
「こりゃ、奉行所じゃ、狼狽えてはならん。これは何かの、まちがいであろうの」
「いえいえ、私が、火つけをいたしました」
「なぜそういう大それたととをいたした」
「はい・・・・・・実は十年前の三月に、帯久さんが二十両の金を借りにまいりまして・・・・・」
「それをまだ返さんと申すのか」
「い、いいえ、それはいただきましたんで・・・・・・」
それから、百両の紛失まで申し上げました。
「帯屋久七、金を借りた覚えがあろうの」
「ハ、ハイ、借りまして、ございます」
「二十両から三十両、五十両、七十両、これはそれぞれ、二十日過ぎに返金をいたしたのう」
「ハ、ハイ」
「中払いには百両となったが・・・・・・」
「それは極月の三十一日に、返しにまいりました」
「金を返しに行った際、和泉屋与兵衛が土佐の屋敷へ出かけたとあるが、立って行ったあと、残っておったそうじゃが、極月でもあるし、大枚百両の金、だれが見ても欲しがるのが人情。しかし、ここへ捨て置いたんでは、紛失いたしたときに申しわけがない、その方、親切から持ち帰り、春早々、年始で酒を馳走になって、返金するのを忘れたのであろう、ウン、そうであろう」
「いえ、それは極月の三十一日に、確かに・・・・・・」
「黙れッ。大枚百両の金、確かと言うのは胡乱じゃ。そうじゃなかろう、ウン、親切から持ち帰ったのであろう、思い出してみい・・・・・・思い出せ・・・・・・思い出さんとあらば、呪禁(まじない)をしてやるから、手を出せいッ」
帯久さん、何気なしに手を出した。そうするとお奉行さん、半紙を細く裂きまして、人差指と中指を、きりきりっと巻きまして、糊で封をしてから、上から印をポンと捺した。
「それが呪禁じゃ。封が切れたら、その方は死罪、家は闕所じゃ。思い出したとあらば、早速思い出したと、願書を出せい。双方、下がりませェーッ」
その日は下がってきた。さァ、戻って来てみると、糊でヒョイとひっつけてあるだけ。なんぞに当たっても、はずみで切れる。切れると首がございません。帯久さん、その晩から寝ることも、飯食うことも、どうすることもできません。手を抱えたまんま、三日目にはぼちぼち泣き出しよった。
「トホホホホ・・・・・」
「旦那さん、そらいけません、ただいまのあんたの身代で、百両ぐらいの金は、差しつかえございません。願書を出しなされ、思い出したと願書を出しなされ、百両持って行きなされ」
番頭に勧められまして、思い出したと、願書を出しました。日が決まりまして、左右、呼び出しになった。
「こりゃ、帯屋久七、思い出したとあるが、思い出したとあるにも、二通りある。極月に返金したと思い出したか、また、親切から持ち帰り、春早々、年始で酒を馳走になって、返金するのを忘れたのであろう、どちらじゃ」
「ハイ・・・・・・お察しのとおりでございます」
「そうであろう、ウーム、それでこそ人間じゃ。呪禁、よく効くであろう。手を出せ、ウム、解いてやる。・・・・・・そのときの金を持参いたしたのう」
「ハイ。これへさして、百両、持ってまいりました」
「これけ元金の百両じゃのう」
「さようでございます」
「で、利子はどうした」
「ハァ」
「ハァじゃない、利子はどうした」
「ハッ・・・・・・ハァ・・・・・」
「ハァじゃない。金を借りるのに、利子を出さん者もない、また、利子を取らん者もない。利子をどうするのじゃ」
「ハ、ハイ・・・・・・それはよしなにお取り計らいを・・・・・・」
「ウム、奉行に取り計らえと申すのか、それでは奉行が計らってやろう・・・・・・どうじゃ、十五両も出すか」
「ハ、ハイ、ありがとうどざいます。それで結構でございます」
「百両の金、一ヵ年に十五両、十年で百五十両、これへ出せ」
「ヘッ・・・・・・百、百五十両・・・・・・」
「なに、高いと申すのか」
「い、.いえ、高いとは申しませんが、ただいま持ち合わせが・・・・・」
「たわけ者ッ。・・・・・・奉行が立て替えてやろう」
手文庫から百両出しまして、
「この金は、帰ったら早速持参をいたせ、あとの五十両は、お上の憐憫をもって、月賦か年賦にしてやろうの」
「ありがとうございます。相なるべくは、年賦でよろしくお願いをいたします」
「どうじゃ、年十両も払うか」
「そこを何とぞ・・・・・・」
「五両か」
「もう少し・・・・・・」
「三両か」
「なるべくならば・・・・・・」
「一両か」
「ハイ、よしなにお取り計らいを」
「年一両」
奉行が奉書を出しまして、それへサラサラサラっと証文を書いて、受け人になってくれまして、大きな判がドンとすわりました。
「こりゃ、和泉屋与兵衛」
「ハ、ハイ」
「その方、貸した百両、この金は元金、こちらの百両は利子じゃ、受け取れ。あとの五十両は、年に一両ずつ帯久の家へ取りにまいれ。もしも支払わんときには、奉行所へ取りにまいれ、奉行が立て替えて、支払ろうてやろう」
「ありがとうございます・・・・・・ありがとうございます・・・・・」
「金銭の取り引きは、相済んだのう」
「ハ、ハイ」
「火つけの罪は軽からん、そのほうは死罪に行なうから、心得ませェーッ」
「ありがとうございます・・・・・・この金で、九兵衛にもう一度商売をさしてやりますれば、私の体は、どうなってもかまいません、ありがとうございます・・・・・」
「しかし、即刻死罪に行なえば、五十両の金の受取人がない。五十両の金、残らず受け取ってから、死罪に行なうから、さよう心得ませェーッ」
「アッ、アッ・・・・・・もし、さようなことになれば、家に帰りまして、すぐさま百五十両、持ってまいります」
「黙れいッ。再吟味は法にない。双方、下がりませェーッ」
この裁きを聞いた人が、びっくりいたしました。
「名奉行ですなァ、エエ、あの人、幾歳でおまっしゃろ、エエ、これから五十年先に死罪になりまんねン、いやァ、名奉行ですなァ」
帯久さんは、つぶやきながら立ちましたが、和泉屋与兵衛さん、あまりの嬉しさに腰が立ちません。立とうとした、ヒョロヒョロっとしたやつを、番頭の九兵衛さんの肩に突っかかりまして、二足、三足行こうとすると、
「ああ、与兵衛、待て、待て」
「ハ、ハイ」
「その方、よほど老年らしいが、当年は何歳に相成る」
「当年取りまして、六十一歳でございます」
「なに、六十一歳と申せば、本卦じゃのう」
「イエ、ただいま別家の、居候でございます」
(完)